OH MY FONTに多くの書体が収録されているFONT1000のデザイナー、竹内謙治さん。代表作は「カントリーロード」や「Jグー」など、誰もが一度は見たことがある書体を作成されたフォントデザイナーです。その竹内さんに、これまでのお仕事やフォント制作のきっかけについて、お話を伺いました。

インタビュー第一弾となる今回は、竹内さんがテレビ局で文字を書いていた時代から、フォントを作り始めるまでのお話をお届けします。
photo: Akito Sakiyama

目次

竹内謙治(Kenji Takeuchi)さんについて

竹内謙治さん(FONT1000のフォントデザイナー)

FONT1000のデザイナー。元テレビ朝日勤務。テレビ番組「ヒントでピント」で自身初のビットマップベースの書体とフォントを制作し、現在もフォント制作を続けています。

ジョギングが趣味で、これまでにフルマラソンを200回以上完走という記録も。

代表作

OMF-カントリーロード

カントリーロード

OMF-Jグー

Jグー

OMF-DON

DON その他書体は記事末にて紹介の「竹内謙治さんの日本語フォント8選|長く愛される個性派フォント【vol.1】」からご覧ください。

テロップは全部手書きだった。6mmの文字を書き続けたテレビ局時代

「書けるようにひたすら練習ですよ。それしかないんです。」

私たちオーマイフォントスタッフも、初めてお会いする竹内さん。フォント制作に繋がるものが学生時代にあるのではと考え、まずは学生時代から就職までのお話を伺ってみました。

── 千代田デザイナー学院(現在閉校)で学ばれていたと伺いましたが、デザイン学校では、何を専門に学ばれていたのでしょうか?

竹内さん: 普通のグラフィックデザインです。学生ですから、ポスターを作ってみたり、もちろん文字のフォントの基礎的な二、三十字を書いてみたり。いろいろなデザインの基本ですね。もちろん全部手書きですよね。残念ながら、過去のものが残っていないんだけど。(笑顔)

資料に目を落とす竹内謙治さん(FONT1000のフォントデザイナー)

── どういった経緯でテレビ局に入社されたのでしょうか?

竹内さん: テレビ局だから応募がたくさんあるのかなと思ったら、そうではなくて。番組制作に携わっていたスタッフの中に、自分でも事務所を持っている方がいて、その方からデザイン学校に募集が来たんです。じゃあ行ってみようかなと思って。当時のテレビ制作会社のクリエイターは、フリーの人が多かった。看板を書いている人やデザイナーもいました。イラストを描いている人など、様々いましたね。

── そのような経緯だったのですね。テレビ局でのグラフィックデザインのお仕事ということは、テロップや番組タイトルなどの文字を書かれていたのでしょうか?

竹内さん: そうです。でも最初はひたすら練習ですね。テロップ用は、24Qって分かりますか? サイズのことなんですけど、とても小さい、6mmの大きさで字を書いていかなきゃいけないから、最初は書けないんですよ。だからそれを練習して、修行して。

※Q(級)は、写植や印刷で使われる文字サイズの単位で、1Q=0.25mmです。24Qは6mmにあたり、とても小さな文字サイズです。

── どういう修行だったのですか?

竹内さん: 書けるようにひたすら練習ですよ。それしかないんです。

──修行というキーワードが、これほどぴったりくる業界があったとは……。 私たちはパソコンやスマホがある時代で、文字は打ち込むもの、という認識なので、当時のことがあまりイメージできないのですが、出演者が話している言葉なども、一文字一文字書いていた、ということでしょうか?

竹内さん: そうですね。ただ、喋ったことをそのまま入れるテロップは、当時はあまりなかったんです。今は、喋った内容が下に文字で入りますよね。あれは途中からそういう流行りが出てきて、そうなりました。
名前とか、説明文とか、場所とか。場所だったらお城とか通りとか、ご近所のなんとかさん、みたいな。全部手書き。そういうテロップです。

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テレビ局の仕事の中でコンピューターの文字作りに挑戦。「ヒントでピント」がフォント制作の原点に

「面白いなと思って、制作担当をやり始めたんです。」

── 「コンピューターがテレビ制作に導入される」という時代の変化を、最前線で経験された竹内さん。ご自身の紹介文(Adobe Fontsのデザイナーページ参照)には、テレビ朝日の「ヒントでピント」で書体を制作したとあります。

竹内さん: 「ヒントでピント」は、初めてテレビ番組でコンピューターを通じて画面に出す、ということが導入されました。その前に「みどりの窓口」という番組があって、それはJRの朝の混雑状況、「こだま何号の空き状況」といった情報を出すんですけど、これも静止画でやるんです。当時、コンピューターといっても本当に簡単なもので、その文字がないんですよね。だから、それを一文字ずつ作っていました。

── そこから、手書きではなく、フォントに近いような仕組みができ始めたということでしょうか?

竹内さん: そうですね。だから、フォントを作るということが、そこで出てくるんです。「みどりの窓口」のコンピューター作業を担当されていたのは、デザイナーさんでした。当時テレビ局でデザイナーというのはセットデザイナー(美術デザイナー)のことで、その人を中心にコンピューターを作ったんです。その方がデザイナーなので文字も自分で作っていたんですけど、それでは仕事が増えてしまって、代わりにやる人はいないかということになりました。

技術者がやるのか、デザイナーがやるのか、当時はまだ決まっていなかったので、いろいろな人に声がかかって。たまたま僕が面白いなと思って、制作担当をやり始めたんです。それが「ヒントでピント」という番組にもつながっていって、また新しいコンピューターを導入することになりました。

ただ、「みどりの窓口」で作った文字の使い回しができないんです。ドットの数が違っていて、そのため一から作り直しです。「みどりの窓口」は決まった文字しか出ないんですね。「ひかり何号」「あずさ何号」というように。でも「ヒントでピント」の場合は、問題が全部文字で、コンピューターから出てくるので、全部最初から作らなきゃいけないんです。

── それは文字数も大きく異なりそうですね。何文字ぐらい作られたことになるのですか?

竹内さん: JIS第一水準が3000くらいなので、それぐらいあったのかな。2,900か。それにプラス、2、3百ほど作りました。

── (当時の番組画面をお見せしながら)すごい!今画像を検索しているのですが、この番組でしょうか。ちょっと画質が粗いのですが……。

竹内さん: これだ! これはね、多分文字数が多いから、別に文字は文字で作ったんです。これこれ! へえ〜(懐かしそう)

笑顔で資料を見つめる竹内謙治さん

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1文字ずつ、ドットを打って文字を作る時代

「そこで終わりです。」

── 今はベクターで、パスを使ってフォントを制作しますが、この当時は作り方が全然違うのでしょうか?

竹内さん: 違う作り方ですね。モニターを2台置いておいて、片方のモニターにこうマス目があって。この場合は24×32という、一つのマス目というか、1ドットが長方形なんですよ。結局、一画面、一文字、一文字作っていって。フォントを作ったのが、それが最初です。当時は、一台のコンピューターのためだけの文字でした。そのためシステムを作っていったとも言えますね。

── 表示する機械に合わせて文字を作り直したり、制作環境も含めて自分たちで作り上げたりと、すごい作業量だと思いますが楽しそうにお話されているのが印象的です。「ヒントでピント」の放送期間を調べると、1979年3月4日から1994年9月25日までとありました。とても長い期間、放送されていたのですね。

竹内さん: 最初の最初は僕は担当じゃなくて、コンピューターを入れると言いながら、その文字は全部手書きだったんですよ。パソコンなんてその時はないですよ。手書きの文字をカメラで写して、コンピューター風に上からさっと見せる、みたいな感じで。最初は手書きだったんです。その端境期に僕が入って、文字を作り始めてね。

── ご自身で作られたものがテレビに映ったときは、どうでしたか?

竹内さん: 自分の作ったものが表示されるのは、もちろん嬉しかったですね。

── テレビ業界のデジタル化の黎明期ですよね。他社も、その時期からデジタル化に取り組み始めたのでしょうか?

竹内さん: そうですね。まだ、Macはあったと思うけど、最初の最初だからどうかな。個人でも百万円はしましたからね。一番最初は、プログラムを自分で打ち込んでいましたから。

── ビットマップの書体を作ったあと、その仕事はどのように展開していったのでしょうか?

竹内さん: それはそこで終わりです。

── そこで終わりなのですか?!

竹内さん: それもテレビの仕事の一つで、結局それは次に続かなかったんです。僕がいた制作局というのは、普通の娯楽番組の仕事で、もう一つ、報道局という部署がありました。報道局のほうは、そのままコンピューターを使った番組が続いていったんですけど、制作(娯楽番組)のほうは、そこで終わり、解散だったんです。だから、僕のフォントはそれが最初だったんですけど、その後にはつながらなかったんです。

── 私たちのイメージだと、そこから竹内さんのフォント制作が始まるのかなと思っていました。

竹内さん: いや、そうはなりませんでしたね。というのも、新しいコンピューターには、物理的につなげられなかったんです。そのコンピューターは自分で作るものでもないし、会社の都合ですね。それで、僕は普通の制作に戻ったわけです。今まで通りの手書きの仕事。普通にタイトルであったり、テロップであったりで。今のフォント制作につながるのは、テレビ局の仕事がなくなってからです。

── 思いもよらない、面白い経歴をお持ちの竹内さん。ここから、フォントを作り始めるまでのお話へと続きます。

インタビューで当時の話をする竹内謙治さん

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スケッチに残されていた「カントリーロード」の原型

「自分で書いた手書きのものがあったから。」

竹内さん: そこからは、もう一人でコツコツフォントを作り始めて、それがずっと今まで続いています。

── テレビ局のお仕事がなくなったのは、どれぐらい前になるのでしょうか?

竹内さん: 20年ぐらい前ですね。2000年ちょいぐらいだったかな。

── 2000年ごろというと、時代の転換期ですね。50年前から20年前までの30年間で、フォント制作について特に大きく変わった転換期は、この辺かなという時期はありますか?

竹内さん: ないです! でも、FONT1000、資料は……。あんまりないですけれど。(資料を見せてくださる)

ファイルに収められた、竹内さんの手書きの文字の原稿

── これはフォント好きならぜひ見たい!このスケッチは、いつごろのものなのでしょうか?

竹内さん: 2000年代に入ってからかな。テレビ局のあと、個人でつくっていたものです。これはね、フリーフォントって分かりますか? 今もあるのかな。カタカナ、ひらがなをネット上にあげて、無料で自由に使っていただく。

── 今あるフリーフォントの先駆けですね。当時は、どのような形で配布されていたのですか?フォントデータとしても作られていたのでしょうか?

竹内さん: フォントデータとして作って配布していました。フォントグラファーを使っていましたね。あれがね、使えなくなるんだよね。後でね〜。(スタッフと竹内さんの笑い声)その時に、こういうのを作って、いろいろやっていたんです。

※フォントグラファーは、フォント制作ソフトの名前です。

── このティータイム(見せてくださった作品のロゴ)が、とても可愛いです。

「ティータイム」のロゴなど、竹内さんの手書き文字の原稿

竹内さん: 今につながるものもありますよね。

── これは、カントリーロードですか?!原型を見せていただけるとは思っていなかったです。

竹内さん: これは原型とはちょっと違うんですけどね。僕も久しぶりにこれを見て、ああこんなのだったと思って。(笑い声)

冊子を見る竹内謙治さんと、手前に並ぶ手書き文字の原稿

── 初期のカントリーロードを作ろうと思ったきっかけなどは何かあったのでしょうか?

竹内さん: いや、これは全部、その頃自分で書いた手書きのものがあったから、それを形にしていった、みたいな。

── そうなのですね。テレビ局の仕事がなくなった後も、ご自身でフォント制作という活動を続けられ、フリーフォントを出されたのですよね。

竹内さん: 最初はね、最初のフリーフォントもやっていて。そのあと、FONT1000で、取り扱ってもらうようになるんですけど。

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フリーフォントの配布から、販売書体の制作へ。竹内謙治さんとFONT1000との出会い

「とにかく、自分で思っているものを形にしていく」

── FONT1000とは、どのように知り合われたのですか?

竹内さん: なんかの雑誌に、募集があった。そして最初はいろいろ意見を言ってもらっていたんです。最初の最初は漢字は作っていなかったんです。FONT1000の方からフォーマットを送ってきてもらって。漢字も追加で作りました。仕事としてはそういった始まりですね。でも、最初はそんなにボンボン売れるようなものでもなかったから、とにかく、自分で思っているものを形にしていく、ということですよね。

── FONT1000が募集をして、そのフォーマットに書いて応募する、という形だったのですね。

竹内さん: そうです、そうです。

そしてFONT1000との出会い。FONT1000のフォーマットを使って文字を制作してこられた竹内さんは、今もひたすら制作を続けていらっしゃいます。フォントに真摯に向き合うその姿が、印象的でした。

まだまだ伺いたいお話が尽きない、私たちオーマイフォントスタッフ。

竹内さん、貴重なお話をありがとうございました!

次回は「竹内さんのフォントはどう生まれるのか」を公開させていただきます。

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